vol 57 もてぎロードレース選手権 R4(公式練習)

前回テストからほぼ一ヶ月、10月の第二週にいよいよレースウィークに突入する。

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立て続けに日本のロードレース界を襲った重大な事故。8月の終わりに奥野選手が重篤な状態に陥り、そのすぐ後には沼田選手が還らぬ人となった。また、前回テストを終えた9月末には奥野選手も入院先で亡くなり、わずかひと月ほどの間に二人もの実力者を失うという悲劇となった。

だが、この負の連鎖は、これほどの大きな悲しみを残してもなお、止まらなかった。なんとか気持ちがまとまるのを待とうと思っていた矢先、10月に入ってすぐに、今度はノリックが、よりによって公道で命を落とすという事態に陥る。

正直、ほとんど何も考えることが出来なかった。覚悟を決めているかどうかという話はさておき、レーサーが死ぬということはもちろん珍しいことではない。それだけのことをしているからだ。

しかし、全日本の、しかもトップランカーが立て続けに死ぬということはなかなかない。それぞれ速いだけではなく、レースシーンにおいて身を守る術を知り抜いているからこそ、ここまで生き抜き、レースを続けてこられたからだ。

だが、そういうものが奥野、沼田両選手の事故により根底から覆され、さらにはノリックが公道で、よりによってトラックとの衝突事故でこの世から去る………。同僚レーサーからの知らせでニュース速報を見ても、それが現実だとは受け入れられなかった。

信じられないという気持ちを抱いたまま、ノリックのお通夜に向かった。青山の斎場には数多くのファンや関係者、そして顔見知りのレーサーたちがたくさん詰め掛けていた。その誰もが、現実を受け入れられていなかったと思う。

うんざりしていた。なんでこんな場所で、レーサー同士が何度も顔をあわせなければならなないのかと運命を呪った。言葉など何もない。ノリック、お前とは先月沼田さんの葬式で会ったばかりじゃないか。なんで太陽のような笑顔がもっとも似合う男が、こんな一番似つかわしくないイベントのド真ん中にいやがるんだ………。最前列に幼子が座る会場で、焼香するのが精一杯だった。

2007もてぎロードレース選手権オープンマイスタークラス最終戦の公式練習は、この通夜の翌日だった。

マシンの仕様うんぬんかんぬんではなく、気持ち的には前回テスト時よりさらに澱みきっていた。レーシングスピードで走っても、何一つ開放されることはなく、重たい気持ちを背負ったまま周回を重ねた。タイムは一向に上がらず27秒台のままだ。こんなんでレースになるのか?そもそも明日の予選を走る意味があるのだろうか。なぜレースをしなければならないのだ?この時点では、その答さえ出ていなかった。

つづく
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by kei74moto2006 | 2007-10-13 10:18 | 2006-07 もてぎ選手権


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