2006年 10月 23日 ( 1 )

 vol 35 CBRチャレンジ、ファーストシーズンを終えて。

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 昨年のJSBチャレンジも大変だったが、今年のCBRチャレンジはまた違った意味でハードなものとなった。

 何しろ4月の時点では「CBR1000RR国内仕様のノーマルバイク」という状態だったため、まずはこれを形にするのが大変だった。もちろん一人では到底出来ない作業であり、オートショップアオヤマのスタッフみんなをはじめとして、実に色々な人たちのお世話になって、形にすることが出来た。

 今年何度かバトルすることになったGSXRの選手。実はこのマシンのエンジンを作っているのが、去年オレのGSXRのエンジンを担当していたエンジニアさんらしい。平塚にあるハルTというワークショップで、プライベーターの中では定評がある。昨年のオレのGSXRがどうだっかというハナシはともかくとして(笑。でも、本当に諦めずにガッツあるスピリッツで最後まで一緒に戦ってくれた。ハルさん、元気かなあ)なんとかハルさんの作ったエンジンのマシンを負かしたい、という思いもあった。しかしながらノーマルのCBRでは太刀打ちできるはずもなく、そこでかつて一緒に戦ったモリワキやら浜松エスカルゴのナグタンに惜しまず協力するよう要請し(笑)、そしていつも激務なASアオヤマの本橋くんにも懇願して、マシンパッケージを完成させた。つまりCBRは様々なパワーのハイブリット(ちなみにオレのドライバーの名前もハイブリットです。安いのにすんごくよく飛ぶ。あっちこっちに。関係ないか)で出来あがったバイクとなった。最後の最後に去年の自分のマシンを作ってくれたエンジニアさんのマシンを打ち負かすことが出来たので、なんだか去年の自分を少しだけ上回れたような気がして、ちょっとホッとした。

 今回もなし塾関係者をはじめ、サーキットには色々な方々が応援に駆けつけてくれた。モテローでのレースにこんなにも応援団がいるということは、本当に幸せなことだ。全日本でも8耐でもないマイナーレース、それでもみんな、一生懸命応援してくれている。全国津々浦々、関東圏はもちろん、東北、東海、近畿圏からもメッセージを戴いた。、今回はなんとパキスタンからも祝電を貰った。マ・ツーリングのカメラマン、ヤマだ。なし耐でも撮影してもらっている。彼は今、中国から入って陸路ユーラシアを西へ向かい、パキスタンで「優勝」を知った。「最上段からのシャンパンの雨に打たれたかった…。 多分銀座のドンペリなんかに比べられないほど美味いでしょう! 表彰台の頂点に立った経験なんてない人がほとんどです。 なんて羨ましい経験なんだ………」そんなメールをくれた。銀座のドンペリも結構おいしいのだが、パキスタンでもてぎのレースを気にしてくれている奴がいる、ということが嬉しい。

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 さて、演歌歌手ならパーティーでもしそうなほどのレース歴となりつつある。この10月で36歳となったため、16歳の10月に免許を取ってから今日まで(取り上げられそうになったことも多々ありましたが………)およそ20年の月日が流れた。その間折れた大たい骨三本、手首の骨折一回、全身打撲数え切れず。20年前にかわいかったあのコは、しっかり20年分歳を重ねただろう。

 はじめてレースに出たのもやはり16歳の10月で、アオキとかハラダとかまったく関係のない近所のバイクオークション会場で行われた原チャリレースだった。膝も擦れないまま出場し、10回以上コケて血まみれになりながら二位になって、「バイク」と「レース」に対して、それまでに体験しえなかった鮮烈な印象を持ったことを、今でもよく覚えている。

 免許を取った頃にはこの先何年レースをするかなどということは一切考えずに目前の誰かをブチ抜くことしかアタマになかったけど、実際ここまでやってくればライフワークにするしかねえよな、という諦めにも似た想いがある。「自分で出来るレースを、ずっとする」このCBRチャレンジはそんなニュートラルな気持ちからはじめたものであり、そのスタンスを保ったまま初年度に勝ち星を得ることが出来たのはラッキーだった。

 人生のある側面で、よく思うことがある。世の中には四種類の人間がいるということだ。

「レースをする人間か、しない人間か」

 そして、

「ずっとレースをする人間か、しない人間か」

 これはオレの中で、大きなバロメーターでもある。バイクレースに限らないが、レースしている人間とそうでない人間では、言語が違うほど価値観が異なることが多い。オレは今後もレースをしていくし、レースをしている人たちと積極的に戦い、泣き笑いしていくと決めた。これが20年目の決断だ、とカッコつけたいところだが、実はレース前、ほんの少しだけ感じたことがある。………ここまでバカみたいにお金と時間とリスクをかけて、地位も名誉も賞金も入るわけでもなく………この労力を全部ゴルフに突っ込んだほうが建設的じゃないだろうか。

 だが、走り出してしまえばやっぱりこれに勝るものはなかった。20年レースをしてきても、グリッドに立てば未だそこには新鮮な空気がある。世界中色々な場所を旅してきたけど、グリッドにある空気だけはどこにもなかった。レースをやめてしまえば、あの空気に触れることは出来ないだろう。そんな人生は、ゴメンだ。

 この先もずっと、自分のレースのスターティンググリッドに立ち続けられるよう、バイクレースをやっていきたい。

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 CBRチャンレンジ~special thanks~

 ホンダ

 ブリヂストン

 ASアオヤマ

 モリワキエンジニアリング

 KDC

 モーターサイクリスト

 梨本塾大応援団

 雅会

 アオさん、サトミさん

 本橋くん

 ブンゲン

 浜松のナグタン

 鈴鹿のツネさん

 鈴鹿のブーデー伊藤くん

 王子の隊長

 梅田のマッチャン

 長島さん

 他、梨本圭を応援してくれたすべての皆さん、ありがとう。みんなのおかげで勝つことが出来ました。これからも長くレースをしていくと思うので、引き続き応援宜しくお願いいたします。

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 なお、来年以降のスケジュールについては、固まり次第ご報告いたします。
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by kei74moto2006 | 2006-10-23 20:00 | CBR1000RR