2007年 09月 15日 ( 1 )

vol 56 もてぎロードレース選手権 R4(test)

歓喜のもて耐から一ヶ月弱、いよいよ2007年もてぎロードレース選手権の最終戦へ向けてテスト走行を開始した。

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スプリント仕様のCBRに跨るのは第三戦以来となるのでほぼ二ヶ月ぶり。この間はほとんどもて耐に没頭していたため、マシンは小変更のみに留めての走行となった。

もて耐からそう日は経っていないため体はキレていたし、マシンも大きな変更点はなかったため、それほど難しく考えていなかったものの、もう一つの大きなファクター「精神的な部分」で、大きな変化があった。

実はこのテスト走行の直前、日本のロードレース界は立て続けに大きなアクシデントに見舞われている。

まず8月の全日本選手権菅生ラウンドにて多重クラッシュが発生。この中で奥野正雄選手が巻き込まれ、重篤な状態に陥っている。またそれからほとんど間を空けぬ9月4日には、同じくST600クラスを走る沼田憲保選手が岡山のテスト走行でクラッシュし、還らぬ人となった。

昔から、なぜかバイクレースのアクシデントは伝播する。理由は分からないが、一度こういったケースが起こると重大事故が続くのだ。正直この時点では、レースを走るモチベイションが失われつつあった。

沼田選手の葬儀では、その先頭で大粒の涙を流しながら故人を偲ぶノリックの姿があった。沼田さんの亡骸の横には、ゴルフバックが立て掛けられていた。主人を持たないゴルフクラブの映像が、目に焼きついて離れなかった。レーサーでさえ、この立て続けに沸き起こるアクシデントをどう捉えていいのかわからなかった。

葬儀の後、岡田(忠之)さんの茨城の実家にみんなで向かい、どうにかしてこの深い悲しみから開放されようと喪服のまま浴びるほど酒を飲んだ。倒れるまで酒を酌み交わしたが、結局それでも何かから開放される感じは一切なかった。

そういう時間を経ての、テスト走行だった。長くレースを続けている人間ほど、一度コースに出れば、というほど単純ではない。身が入るはずもなかった。

結局この日の走行では1分27秒台が精一杯でテストを切り上げる。3月のテストでは25秒台にも入ることがあったことを考えれば、比較しようもないほど遅いペースだった。

………時間を重ねて気持ちがまとまるのを待つしかない。

この日のテストを終えたとき、そう思った。

だが、そうなることなどこの先二度とないのではないか、というほど大きなアクシデントがこの後も続くのだった。

つづく
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by kei74moto2006 | 2007-09-15 09:53 | 2006-07 もてぎ選手権