カテゴリ:2007もて耐( 8 )

vol55 2007 もてぎ7時間耐久レース(決勝4)

2007年、もて耐。

梨本塾レーシングASアオヤマ☆は、4人のライダーで7時間、184LAPを消化し、3位表彰台に登ることが出来た。


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これは言うまでもなく梨本塾、ASアオヤマをはじめ多くのスタッフ、関係者、応援団に支えられての結果だった。梨本塾として考えれば、2002年からはじまったもて耐チャレンジにおいて、5年越しの悲願を達成した瞬間でもあった。

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かつてのドリームNODA関係の先輩方にも最大限の協力をしていただいた。20年越しのサポートだ。そういったものすべてがひとつになってはじめてこの結果が得られたのだと思う。

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走行を終えるとチーム関係者のみんなから祝福される。

2006年初頭に、伊勢において行われたCBR1000RRの新車発表会、その試乗で得た妙なインパクトは、間違っていなかった。しかしまさかこんな最高の結果に結びつくとは夢にも思っていなかった。

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晴れ晴れしい気持ちで表彰台に上がる。今まで何度となく上がってきた舞台だが、こんなにも清々しい気分だったのは本当に久しぶりのことだ。ちなみに優勝したチームの中で笑顔で見守ってくれているライダーは、梨本塾に参加してもいたキタリンである。こういった縁がもて耐で実現されたこともまた嬉しかった。

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最高のシャンパン。オレたちにとっては勝利そのもの、という味がした。

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そして前年、JSBチャレンジで苦楽を共にしたケンツの川島さんも祝福に。

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記者会見では喜びを爆発させた。会場は爆笑の渦に飲み込まれる。

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落ち着いたところでASアオヤマ代表のアオさんが挨拶スピーチ。そもそもこの人がいなければ、このストーリーは絶対に完結されなかった。

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すべてではないが、スタッフの記念撮影。実際にはこの三倍くらいの人たちが裏方として全力で動いてくれていた。もちろんボランティアである。

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2007年8月 もて耐 梨本塾レーシングASアオヤマ☆ 予選13位、決勝3位。

予選結果

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決勝1時間後との推移と最終結果

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SPL Thanx!!

CBRチャンレンジ~special thanks~

 ホンダ

 ブリヂストン

 ASアオヤマ

 モリワキエンジニアリング

 アライヘルメット

 クシタニ

 KDC

 D.I.D

 ベスラ

 NUTEC

 NGK

 SUNSTAR

 モーターサイクリスト

 ドクターSUDA

 梨本塾大応援団

 雅会

 アオさん

 本橋くん

 ブンゲン

 浜松のナグタン

 鈴鹿のツネさん

 梅田のマッチャン

 王子の隊長 

 うえじい

 うえじいキッズ

 かわむら接骨院

 オールスターモータースポーツ


【2007もて耐を終えてライダーの言葉】

トシ(石井敏幸)
年齢28 +A 好きな芸能人 キーラ・コルビ


レースをサポート&応援してくれた皆さん、ありがとうございました。皆さんの力添えがなければ走ることが出来なかったのでものすごく感謝しています。振り返ってまず思うのは梨本さんに言われた「トシ、スタートライダーな!」でした。その瞬間「エエッ!?マジですか!?」って感じで心中穏やかじゃありませんでした(苦笑)。17日の練習ではとにかく力みまくってすぐ疲れてしまったので「こんなんで大丈夫なのか?」と不安が募りました。さらに18日の練習は雨で、人生初のレインタイヤ………。乗り方も分からず当然タイムも出ずに、さらに不安は倍増しました。しかし本戦では完全に開き直ったのと前日にスタート練習を何回もしたので、スタートはそれなりに出来ました。すぐにモミクチャにされてズルズルと順位は下がってしまいましたが(苦笑)。「スタート直後から2~3周は絶対に無理するな、周りは早い段階からガンガン行くだろうけど、つられずに自分のペースで行け」という梨本さんのアドバイスがなかったら、相当焦っていたと思います。そのうち目も体も慣れてきて、決勝中に自己ベストも出せました。バイクを梨本さんに渡せたときは、すごくホッとしました。その後3人がすごく頑張って走ってくれて、3位が決まっときは本当に嬉しかったです。最後はドキドキしながらモニターを見ていました。………シャンパン、おいしかったあ(笑)。

さとし(入江聡)
年齢22 +O 好きな芸能人 宮崎あおい


3位表彰台という結果に、言葉では言い表せないほどの嬉しさを感じています。自分のようなアマチュアライダーを走らせてくれた梨本さん、青山さんをはじめチームの皆さんに心から感謝いたします。どのチームにも負けないピットワーク、完璧な作戦、7時間もの長い間、確実に情報を伝えてくれたサインボード。そのすべてがあるからこそ安心してコースに飛び出していき、帰ってくることが出来ました。スタートライダーのトシさん、その後の梨本さんからバイクを受け取りコースに出ましたが、様々な排気量のバイクが色々なペースで走行しているので、あまりうまく走れませんでした。それでも接触も転倒もコースアウトもなく、29周を走りきって次に繋げられたことは、自分にとって最大の、そして唯一できた仕事でした。それが出来たのは、後ろに梨本さんと萩原さんが控えていたからです。2人の追い上げは見事でした。各走行ごとに確実に順位を上げ、最後の走行では2位に17秒差にまで詰め寄る3位となりました。ゴールの瞬間、ピットウォールに集まったチームの歓声と、腕を大きく突き上げて応える梨本さんを見て、なんともいえない気持ちがこみ上げてきました。初めての本格的なレース参戦が、もて耐表彰台。こんな素晴らしい経験が出来たのは、チームがひとつの目標に向かって努力してきた結果です。本当にありがとうございました!

ブンゲン(萩原勝彦)
年齢35 +O 好きな芸能人 グラビアアイドル全般


"みんなで力を合わせて、人生に一度しかない「最高の夏」にしましょう"
最初の打ち合わせでの塾長の一言。この言葉に感銘を受け「最高の夏」になるようみんなで協力した結果「3位表彰台」というデッカイ金字塔を打ち立てることが出来ました。もて耐では強制5分間の給油ピットがあるので事前戦略は非常に大切ですが、筑波耐久でも優勝経験のあるASアオヤマスタッフはまさにプロ集団と化してました!さて自分の走行が近づいたとき、塾長から「2000回転落として走ってくれ」と言われました。まだレース序盤でいきなりこの作戦はマイナスになる可能性があるのではないかと不安になりました。しかしこれも前日の流れ(前哨戦4時間のもて耐でも、珍しくフルコースコーションが一切なかった。この年のもて耐は、そういった流れで進行しているらしかった)や他のチームの状態を見た上でチームが立て直した作戦です。最後の最後に塾長の瞬発力にかける意味も分かったので「やります!」と応えました。塾長も回転数を抑えて走っていたらしく、短い時間の中で設定タイムを掲げて「ブンゲンなら出来る」という塾長の言葉を胸にコースに飛び出しました。最後に塾長にバトンを渡せたときは、達成感で一杯でした。長丁場にもかかわらずノーミス、ノートラブルは「最高の3位」です。耐久レースの表彰台は20mくらいの横幅にして、スタッフ全員が上がった方がいいとつくづく思いました。応援、ありがとうございました。

塾長(梨本圭)
年齢36 +O 好きな芸能人 薬師丸ひろ子 ヘレン・ハント


ASアオヤマ青山店長をはじめすべてのスタッフの皆さん、梨本塾関係者の皆さん、大応援団の皆さん、さらにはホンダ、ブリヂストン、モリワキ、モーターサイクリスト、並びにこのチャレンジに惜しまず最大限の協力をしていただいたすべての関係者の皆さん、関連企業各位に、心から御礼を申し上げたい。また、大変なプレッシャーの中で見事それぞれの大役を果たした3人のライダー、トシ、さとし、ブンゲンにも感謝したい。
今回の表彰台は格別のもので、今までに上がってきたものとはまったく違う意味を持つ感慨深いものだった。梨本塾を始めてから7年、色々なことがあったが「いつか必ず梨本塾のメンバーでもて耐表彰台へ」というのは悲願だった。自分だけではなく、自分が教えた人たちと一緒にあそこへ上がりたい。ずっとそう思っていたが、今回ASアオヤマとのコラボによってプロジェクトを始動させ、もてぎロードレース選手権を走りながらの1年半を経て、このような結果へとたどり着いた。まさか本当にここまで来れるとは思っていなかった。ノーミス・ノートラブルという進行に、運も強く味方してくれた。内容的にはパーフェクトに近いが、シーンによっては相当な綱渡りを強いられた場面もあった。しかしことごとくそれらの戦略は功奏し、表彰台へと繋がることになった。このプロジェクトの大儀でもある「誰にでも作れて乗れるストックマシンで表彰台」ということも、完全達成できた。今回使用したCBR1000RRは、誰にでも手に入るバイクであり、誰にでも作れる仕様だ。長い間レースをしてきたが、こういった形での達成感は初めて得られた。これほど満足感のある「3位」も他にない。今後も出来れば自分だけのレースではなく、バイクを愛してやまない人たちとこういった形で長い間レースが出来れば最高だと思う。応援、ありがとうございました。


2007 もてぎロードレース選手権最終戦へつづく
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by kei74moto2006 | 2007-09-04 13:12 | 2007もて耐

vol54 2007 もてぎ7時間耐久レース(決勝3)

スタートから4時間が経過する。ここまでトシ、オレ、サトシ、ブンゲンと大切につながれたバトンがまたオレへと戻り、いよいよ勝負を仕掛け始める二度目の走行が、14時16分にスタートした。

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ブンゲンが8位まで引き上げた順位は給油の強制5分間ピットインにより、ピットアウト時には8位へと落ちていた。

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だが、マシンの状態は非常によく、OEM車輌の基本構成をほとんどイジらない設定としたCBR1000RRは、耐久レース特有のマシンのタレはほとんどなく、燃費のことを除けば快調なペースを維持できている。

回転数は11000に抑えこみ急激なアクセル開閉を行わず、とにかくストレートは伏せてコーナーは速く・・・燃費走りとはいっても体への負担は逆に大きかった。2分2秒近辺のタイムで推移する。

スプリントでは1分57秒台でのラップアベレージと考えると、それよりも5秒も遅いことになるが、しかしエンジン、車体ともに完全なるノーマル、しかもFIも燃費用改造はしておらず、その中で11000回転キープということを考えれば、十分なペースなのかもしれない。もちろん周囲のアベレージもさほど上がっていないからこそ、順位は上がる。

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8位スタートですぐに7位まで上がり、次いで6位、5位、4位、2位………。

そしてこのスティント終盤には、ついにこのレースで初めてトップに立つことに成功した。

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15時13分、132LAPを走り終えてピットインする。ここでタイヤ交換を行い、15時18分、ブンゲン二度目のスティントがスタート。ここまで3人のライダーが頑張ってくれたお陰で、珍しく(というか今までにない)一度もフルコースコーションがなかったにも関わらず、ノーマルタンクでの6回ピットで済みそうだった。つまりここから、ようやく本気でのアタックが可能となった。

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アウトラップでは3位に崩落するも、それをキープ。4~6秒台で走るブンゲンはポジションをしっかりと守って159LAPを走りきり、16時6分にピットに戻った。ようやく全開で走れたことで、ブンゲンも満足げだった。

いよいよ残りは50分弱。

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ここまで、2002年のもて耐以降、梨本塾が誇る最高のブレーン、そしてアオさんが凄まじい勢いで数式演算を繰り返してくれていたおかげで、あらゆるシュミレイトから「全開でOK]という結果が弾き出された。

あとは自分が「やるだけ」だ。

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16時11分、万感の思いを込めてピットアウトする。次周のコントロールライン上を5位で通過した。トップとは1周+アルファ2位とはほぼ1周、110秒近い差があったが、諦める気はサラサラなかった。

16で免許を取ってからここまで続いたレース人生。鈴鹿へ渡り天井と地べたの両方を味わって食えるようになって初めて東京へ戻った。しかしその後の8耐でのシングルフィニッシュやもて耐での表彰台に想いを馳せることはない。それよりも、もっと楽しく自分の描いたレースだけをずっとやってきた自負があった。

プライベーターで戦った国内A級250、そしてGP250、鈴鹿で戦ったNKシリーズ、モリワキとして参戦した8耐やSBK。そしてそれまでの形態の一切をかえて挑んだ梨本塾レーシングとしてのレース。またこれらと同時進行で行っていた、毎年一回スペインで戦うマスターバイク。そういった素晴らしき肥やしすべてを成熟させるのが、いま、ここだと思った。

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まずはトップに追いついてぶち抜き同一周回へ。順位はすぐに5位から3位へと上がる。さらに2位と100秒以上あった差を周回ごとに詰めていく。CBRは未だ絶好調だった。

この感触、レーサーマシンではなく、あくまで市販車に近い柔らかなフィーリングこそが、普遍性を持つ可能性そのものだと思う。すなわち、誰もがスーパースポーツを楽しんだりすることが出来るようになるかもしれない具現例だ。

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レース最終盤、梨本塾とアオヤマのスタッフたちがいっせいにピットウォールに立ち上っているのが見える。懸命にサポートを続けてくれたすべての顔が思い浮かんだ。残っている力を振り絞って、精一杯フロントを引き上げる。

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2位との差を17秒にまで詰めたところで、ついに7時間耐久レースのゴールとなった。

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梨本塾レーシングASアオヤマ☆、2007年もて耐、3位入賞。

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つづく
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by kei74moto2006 | 2007-09-03 10:04 | 2007もて耐

vol53 2007 もてぎ7時間耐久レース(決勝2)

いよいよもて耐の決勝が始まる。

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グリッド上には梨本塾レーシングASアオヤマの面々が和気藹々と集まっている。グランドスタンドにも梨本塾恒例となった大応援団が陣取っている。その中で一人だけ異様なまでの緊張感に包まれていたのが、スタートライダーを務めることになったトシだった。

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まさかの大役を担うことになり、傍目で見ていてもかわいそうなほどに緊張していた。普段は人一倍明るくやんちゃな男から、一切の言葉が消えた。

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そんな中、午前10時キッカリにレースがスタート。

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ル・マン式スタートを決めたトシが、猛者にもみくちゃにされながらも1コーナーへと向かっていく。

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この重要なスタートを含む1スティント目には、著名な国際ライダーも数多く出走している。そんな彼らに混じっての、立派なスタートだった。

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無事に1コーナーを回り、すぐさまレースペースに突入していく。一周目を22位で通過。

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序盤からベスト付近の9秒台、やがてベストラップとなる8秒台を刻みながら、必至に走るトシ。

順位は27番手前後まで落ちてしまったものの、スタートライダーということを考えれば上出来だった。スタートからしっかり1時間を走りきり、26LAPを終えて24位で戻ってきた。

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一方ピット内外の動きも激しい。この後すぐに始まる給油やタイヤ交換シュミレイション、はては梨本塾築地組よっし~によるカキ氷サービスの準備などだ。

「よくやったなトシ!!」

7年前、梨本塾に始めてきたときはジェットヘル姿で膝さえ擦れなかったトシはもういなかった。このトシの頑張りに今度は自分が応える番だ。11時5分、スタートから渾身の力で序盤からフルスパートをかけていく。

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ピットアウトしたときの順位は30位だった。燃費のこともあり回転数は上げられない。しかしその中でベストの走りを探す。すぐに26位、14位、11位、10位と、周回ごとに面白いように順位が上がっていく。

さすがにスプリント時よりタイムは遅かったものの、結局このパートで一気に2位まで浮上することに成功した。予定通りの52LAPを終えて、11時59分にピットへ戻る。今度はそのバトンをさとしに渡す。

「一切順位は気にしなくていい。自分の走りと、後はガソリンランプだけに集中しろ」

さとしにはそう告げた。もて耐は燃費との戦いでもある。特別なプログラミングはしていないが、しかし全開走行をしていたら確実にピットインの回数は増えてしまう。給油で5分間ストップが義務付けられている中で、これは致命傷にしかなりえない。

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12時4分にスタートしていったさとしもまた、2000回転抑えた11000回転までしか使用せずに、11~13秒台をキープする。相当にストレスのたまる走行だったと思うが、ピットアウト時8位まで落ちた順位を3位まで回復させ、さらには29LAPを走りきってみせたのだ。この周回数は、非常に大きかった。

「さとし、ナイスラン!!」

13時9分、1時間5分という長丁場を走りきって戻ってきたさとしをそう讃えた。トシ、さとしともにここまで完璧といっていい走りをしてくれている。ここで1度目のタイヤ交換も同時に行う。ASアオヤマの腕の見せ所だったが、余裕を持ってこれもまた完璧な作業を終える。

さとしの好走でやや燃費的に余裕が生まれたものの、この後のブンゲンのパートで全開に出来るほどの余裕はなかった。ブンゲンにも同じく回転数の制約を入れ、一回目の走行が13時14分にスタートする。

それでも4秒~7秒という粘走を見せ、ピットアウト時13位だった順位を3位まで回復して戻ってきた。午後2時11分、109LAPを消化する。

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『厳しいデス………』

そう顔を歪めるブンゲン。ブンゲンが言いたいことは分かってる、全開で走りたいのだ。しかし毎回のガス残量は数百cc程度しかなかった。全開にすれば、そのときは気持ちがいいかもしれないが、結果何も得られないこともわかっている。

何もエコランのようにパーシャルで走れといっているわけではない。11000回転回せば、少なくとも130馬力以上は稼げている。うまく走らせれば、それほど致命的に遅くなるレベルではなかった。

「よくやった」

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ブンゲンにそう告げ、5分間の給油時間を終えてから、14時16分ピットアウトする。現在の順位は8位だ。

つづく
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by kei74moto2006 | 2007-09-02 20:44 | 2007もて耐

vol52 2007 もてぎ7時間耐久レース(決勝)

ブンゲン、さとしの頑張りによって、SSクラス10番手、総合でも12番手と予想以上の結果で予選を通過した梨本塾レーシング。

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その予選から一ヶ月強、8月19日、いよいよもて耐の決勝を迎えることになる。

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出来ればこの間精力的にCBRを走らせテストを重ねたかったのだが、実際にはほとんどそれは実現できなかった。というのも、タイヤ交換システムの構築などやらなければいけないことが山積されており、それらの整備に充てる時間が必要だったためだ。



この結果、さとしやトシは自分のバイクをもてぎに持ち込んでそれぞれ自主トレにはげむしかなかった。それぞれCBRとはまったくことなるバイクだが、何もしないよりははるかにマシだ。二人が感じていたプレッシャーに対しても、いい抗生剤となった。

しかも周囲の大方の予想に反して、スタートライダーはトシ。誰もがスタートライダーは「塾長」で一気にトップへ、という作戦を考えていたのだが、実際にオレ自身はあの夏の苦い経験を思い出していた。同じミスをするわけにはいかない。

『これは自分ひとりで走るレースではない』

もう一度それを肝に銘じて、パーフェクトな作戦を練ろうと心に決める。

もて耐のひとつの特徴は、アマチュアライダーとのペアリングだ。梨本塾レーシングASアオヤマでは三人がアマチュアで、自分ひとりのみ国際ライセンスとなる。

これまで数多くのレースをこなしてきたブンゲンはともかく、トシ、そしてさとしの二人は、生粋の公道からここへ出てくることになったアマチュアライダーであり、いわゆる選手権慣れなどまったくしていない。

そういう中で彼らをどうしたら安全に効率よく走らせられるかをしっかりと考えなければ、もて耐では絶対に結果は残らないのだ。

完璧に仕立てられたマシン、入念な打ち合わせを繰り返したスタッフ、そしてこれ以上ないというほどの好位置となったスターティンググリッド。今回も恐らくは大会でもっとも多い応援団が見守る中で、いよいよそのスタート時間が迫っていた。

つづく
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by kei74moto2006 | 2007-09-01 12:35 | 2007もて耐

vol 51 もてぎ7時間耐久レース(予選)


 もてロー第三戦が行われたその日、一方ではもて耐のプログラムが進行中だった。つまりレースプログラムの裏側で、同時進行でもて耐の受付や車検がはじまっていたのだ。

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 正確な経緯は知らないが、少なくとも自分がこれまで出場していた限りでいえば「もてローに出場している人=もて耐の参加者」であったはずだ。だが、今回のようなプログラム進行ではそれもままならない。この辺はなぜこういう段取りになってしまったのか、かなり不可解だった。

 幸運なことに、オレたちにはたくさんの応援団がいるため、一方でレース、一方で受付車検(耐久の受付車検はかなり大変で、これだけでもきっちりと”消耗”出来る………)という難作業を行うことが出来た。それぞれ無事に済ませて、いよいよ翌日の予選に備える。

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 さてもて耐では国際ライセンスのタイムは反映されない。第一ライダーのブンゲン、第二ライダーのさとしの合計タイムによって、決勝進出可否が決まる。しかも今年からはレギュレーションに改定が加えられ、総エントリーの過半数を占めているスーパースポーツクラスの予選通過台数はしかし、たったの26台という狭き門となってしまった。例年と比較してエントリー台数が減ったとはいえ、60台以上もSSクラスのエントリーがあることを考えれば、最悪「予選落ちもありうる」と覚悟していた。

 迎えた日曜はドンヨリ曇り空。予選は第一ライダーのブンゲンからの走行となる。いつもバカデカイ声のブンゲンだが、この時ばかりはさすがに緊張したのか「ナシモトクン」という声も聞こえないほど小さい。

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しかしコースに出ると一変、かなり気合の入った走りでいきなりリーダーボードのトップ争いを展開する。そしてそのままの勢いを維持して、なんとA組のトップタイムをマークしてみせたのだった。
これにはピットも大騒ぎ。予想以上の結果にまずは拍手喝さいとなる。

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「まだまだいけますよ!」

 ピットから出て行く前と同一人物とは思えないほどラージマウス化したブンゲンが吠える。何しろハーフウェットでしたからね、フルドライならもっと行けますよ………。ハーフウェットで1秒台が出せれば、ドライなら1分51秒台が出るだろう。JSBライダー並のラージマウスぶりである。

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 だが喜んでばかりもいられない。次は一番若いさとしの番だ。この二人の合計アイムによって、梨本塾レーシングASアオヤマの結果が決まる。さとしはこれまでなし塾などローカルでオフィシャルではないレースへの出場経験はあるものの、もて耐のような大舞台は初めて。ブンゲン以上に緊張しているのが見て取れて、実際にコースインしても走りはガチガチだった。

(やはりあの経験値で、これだけの重責には耐えられないか?)

 そんな思いがアタマをよぎり、ピットサインの指示に悩んだが、結局はさとしを信じることにして「UP!」と出し続けた。すると見違えるような走りをはじめ、ベストラップを大幅に更新する2分7秒台をマーク。A組第二ライダーの中で16番手となった。

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 予選が終了するまでボーダーラインがどうなるのかさえまったく見当がつかなかったが、二人の合算タイムは4'09.681となり、SSクラス10番手、総合13番手という素晴らしい結果となった。

 予選通過、しかもかなりいいグリッド位置!

 実はここまではどうなるのかさっぱり予測がつかなかった。自分のチームのレベルもそうだが、周囲のレベルもまったくつかめていなかったので、この結果には正直驚き、そして確かな手ごたえを掴むことが出来た。

 その後は第三ライダーであるオレの走行枠で59秒台、第四ライダー枠ではトシも奮闘、こちらもベスト更新の2分9秒台へとタイムを伸ばし、すべての予選プログラムを終えた。

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 予選結果からすべてが予測できるわけではないが、少なくとも「完走目的」というようなレースにならないことだけは確かだ。マシンの感触も非常によく、また四人のライダーも乗れている。

 このまま行けば、ひょっとするかもしれないな………。

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 先ごろまでの不安は一掃され、よいイメージばかりが思い浮かんだのだが、実際には「ここから」耐久はスタートしたようなものだったのだ………。

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 つづく。 

※ なお、このブログでのレポート同時に、月刊モーターサイクリスト(明日9/1発売)誌連載のもて耐チャレンジも合わせてご参照下さい!
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by kei74moto2006 | 2007-08-31 09:44 | 2007もて耐

vol 49 最初で最後のもて耐公開練習

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 いよいよもて耐予選まで一ヶ月となった。6~7日はもてぎで公開練習があり、前回モテローから約二週間のインターバルを経て、もてぎへ乗り込むことになった。

 とはいえこの間にもて耐用車両の製作という大変な作業があり、ASアオヤマ並びに本橋君は目の回るような業務日程の中でマシンを仕上げてくれた。

 無事にマシンは完成し、スペアに持ち込んだスプリント用CBRと並んでピット入り。ほとんどの構成がノーマルパーツだが、これまで五戦を戦ったモテローの中で「これはマスト」と思われる部分に関してはすでにパーツを換装してある。この仕様で自分はともかく、他のブンゲンやさとし、としの三名が果たしてどこまでいくのかが楽しみだった。

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 まずはナラシを兼ねての慣熟走行をして、各部に問題がないかチェックする。睡眠時間を削りまくって作業してくれた本橋君だが、今回もミスは一切なく、バイクはきちんと走った。

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 当日の天気は曇り時々晴れ。公開練習参加台数はかなり多く、1回の走行数は60台以上にも登った。ベストラップを刻めるようなシチュエイションではないものの、こういう中でどんな特性なのかということも、耐久を走る上では大事な要素のひとつだ。

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 スプリントで走らせているものよりも当然パワーは落ちるものの、逆に中間レンジでのパワーデリバリーは落ち着いていて、非常に乗りやすいというのが第一印象だった。昨年モテロー初戦時とほぼ同じスペックだが、サスペンションバネレートやセッティングは当時よりもはるかに進んでいるということもあって、クセがなく、コーナリングがイージーという仕様だ。すぐに59秒台に入ったところでバトンタッチ。まずは一番速いブンゲンに乗らせた。

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 これまで筑波ではST600で何度も優勝しているものの、もてぎで1000ccのバイクを本格的に走らせるのは今回がはじめて。いつもラージマウスなブンゲンもさすがにビビったのか、10秒程度しか出ないままピットに戻ると、スモールマウスバスへと変化し、寡黙になっていたのには笑えた。

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 次にとしが乗り出すものの、こちらはさらに深刻。15~6秒台というペースでの走行となる。15周目辺りでようやく12秒台にまでペースアップしたものの、これは5年前に自分のGSXR-750でマークしたベストにさえ届かないタイム。「乗りやすいです」とはいうものの、ブンゲン同様、その声は普段からすれば「テラミニマム」な感じで頼りなかった。

 しかしその後は二人とも精力的に走りこみ、ブンゲンは3秒台、としは10秒台にまでタイムアップ。ひとまず第一段階としては合格というペースにまで持ち込んだ。

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 翌日はサトシが合流し、早々に11秒台をマークし、さらに積極的に走りこむ………はずだったのだが、元祖スーパー雨オトコのサトシ、なんといきなり大雨を降らせやがった………。ちなみにオレは二年間もてモテローを走ってきて、未だレインタイヤを履いたことがないというくらいなのだが、さすがにサトシの雨オトコぷりには勝てないみたいだ………。

 あまりにもひどい雷雨だったので、一度は撤収作業を開始したものの、しばらくすると天候は急速に回復し、土砂降りから二時間程度でドライへと変わった。

 ここでブンゲンが3秒前半にまでタイムアップしてトップタイムをマーク、としは12秒でストップ、さとしも同じく12秒台で走行を終える。 これで公開練習は終了、あとは予選までに各自がどれだけタイムアップできるかにかかっているのだが………。現時点でブンゲンのみが及第点をクリアしているものの、残りの生粋なし塾生のパワーは未だ未知数であり、実際にどこまでいけるのかはフタを開けてみなければ分からない。

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 未知数ということでいえば、今回は梨本塾レーシングにナゾのオージービーフことナイジェルが合流した。

 もしも、としやサトシがどうしてもタイムが出ない場合には、「第四のオトコ」として、マスターバイクで馴染みのオージーを急遽ライダーに抜擢し、凄まじいパワーを見せ付ける、という漫画的な展開なら面白いんだけど、そうではなくて、モリワキにコンタクトしてきたものをこちらで面倒見ることになった、というのが正直なところだ。

 ナイジェルは54歳、オーストラリア国内選手権やマン島にも参加しているライダーで、年齢はともかくガッツだけはすごくあるのが特徴だ。今回もオレと一切話さず、メールさえしないままに、地元の駅までたどり着いてしまったタフガイ。ひとまずホテルだけは用意してあげて、翌日は英語力0%のブンゲンが迎えに行き、そのまま無言で北上、もてぎでようやくオレと会えた、という展開。

 よく来たな、とは思ったものの、それ以上にビックリしたのは、彼が装具一式を抱えていること。

「走リタインデス!」

 アホか、と思った。

 もちろん甘い言葉など一切かけていない。というか事前に一切コンタクトしていないし、もちろんモリワキで担当した人にも「みるだけならOKだけど、絶対に走れない」と告げてある。しかも今回は最初で最後の公開練習だ。アカの他人の面倒見る前に、自分のチームのライダーやバイクをなんとかしなければならない。マジに日本語でアホか、と呟いてしまった。

「デモ走リタインデス!!」

 ………マジアホカ、コイツ。

 もちろん初対面のオージーに義理などない。な~んもない。ただそうはいっても、自分が諸外国を訪れるたびに、実に様々な人たちに救われてきたのも事実。アホかと思うと同時に………なんとかコイツをもてぎで走らせてあげられないかな、と考えてしまった。

 オーガナイザーに事情を話し、なんとかしてもらえないかと懇願すると、初心者枠の先導走行に限って走らせてもらることになった。もちろん彼はFIMライセンスを持っているからマナー&ルールについては問題ない。
 
 あとはバイクだが、もて耐号はもちろんのこと、スプリント仕様にしてもナゾのオージーに乗らせるわけにはいかない。すると………

「マジすか!?」

 空いてるのは、としの市販車バイクしかなかった。そう、毎月梨本塾に参加しているあのGSXR750だ。

「なんかあったら全部弁償させるからさ、な?」

ととしを無理やり了承させ、ナイジェルにも「これに乗れ」と指示。するとあろうことかとしではなくナイジェルから

「コノホイール曲ガッテマ~ス、ワタシハレーシングバイクニ乗リタイデース」

とクレームが入った。

 ………いい加減にしろこのヤロウ。怒りの目で「ハア?」みたいな感じで睨むとすぐに理解した様子で、「デモOKデース、アリガトゴザマース」となったので、一安心。本人は「ホワイトタイガー」と言い切るシマウマツナギを着て、としのバイクで初体験のもてぎを楽しんだのだった。

 その夜は………まあ色々とあるんだけど、この辺は次号のサイクリストを参照してもらうとして、とにかくただであえドタバタのもて耐がさらにドッタンバッタンになって楽しかったのはいうまでもない。

 もちろんレースをするからには「楽しい」以前に「勝つために」が大前提。反省点は星の数にも登るので、これからそれを全部洗い出して、予選に備えたい。

 ちなみに現時点で把握しているタイムスケジュールは

7/6………モテロー公式練習

7/7………モテロー予選、決勝、もて耐受付(車検?)

7/8………もて耐予選

となっている。まさしく我が家の三匹の猫も連れて行って手を借りようかというほど忙しいと思うので、もしもお手伝いに来れる方がいたらぜひ現地までよろしくです。なお宿泊も希望される方はstd_spd@hotmail.comまで「もて耐お手伝い宿泊希望」と書いて送信して下さい。
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by kei74moto2006 | 2007-06-14 18:53 | 2007もて耐

vol38 2007年もて耐計画、始動。

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 今日はオートショップアオヤマで感謝祭があるということで呼ばれ、その席で簡単な今年の計画をお客さんにお伝えした。

 もちろん今年の一番の目標はゴルフでイーブンパープレーをすることで、はなく、梨本塾のみんな、そしてASアオヤマのみんなともて耐に挑戦することだ。店長のアオさんも快く承諾してくれて、いよいよプロジェクトは本格的に始動する。

 ちなみにレーススケジュールは3月18日のもてぎロードレース選手権からスタートする。昨年最終戦以降一切マシンを走らせていないので、まずは小手調べという感じになるだろう。実戦でマシンを少しずつ形にしていって、夏までにはなんとかオレだけではなくみんなが乗りこなせるような仕様を構築したいと思う。

 さて今日の感謝祭では色々と手のこんだ店内装飾にはじまり、ゲームなんかもやって盛り上がっていた。射的というにはあまりに本格的なエアガン、そのスコープつきの空気銃でイッパツ目にヒットしたのはなんと「アクオス券」。そう、あの液晶テレビが当たったのだ。

 だが、イッパツも練習しないで撃ってしかも小さい子供が承認にまでなってくれたのに、誰一人として信用してくれやしない。最近ゴルフの調子が非常に悪いので「何かにイッパツでアタる」とかいうのにはすごく快感を覚えるんだけど、誰も信用しないので勝利感はイマイチだった。もちろんアクオスなんか用意さえされてなかった(いや、たぶんASアオヤマ二階住居には100インチくらいのがあると睨んでいるのだが)こうなりゃみんなが見ている前で、イッパツで仕留めなくちゃいけないよね。

 もちろん、アクオスではなく(笑)。

 ということで今年も応援宜しくです。ちなみにまだライダーも決まってないんですが、エントリー締め切りは4月アタマです………。
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by kei74moto2006 | 2007-02-12 02:05 | 2007もて耐

vol12 やり残したこと。

2007年、もて耐に「梨本塾レーシングwithASアオヤマ」としてチームを組んで参加する。
2006年のもてローチャレンジは、その流れの一環に過ぎない―。


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これがオレの本当にしたかったことだ。

2002年の梨本塾もて耐チャレンジの詳細はここにある。今読み返しても当事の楽しい余韻がぶり返すが、しかし同時に、どうも胃のあたりに微妙なムカつきが沸き起こるのだ。

「こりゃナンだ?」

70人体制、応援ツアー用に観光バスまで走らせ、恐らく出場全チームの中でもっとも盛り上がった我が梨本塾レーシングであった。素人集団の初挑戦にしてはいい夢を見させてもらい、そこそこの成績も残した。だが………。そして翌年の03年はトーンダウンした結果こうなり、その結果奮起してその年のモテロー最終戦にエントリーして優勝するのだが………。

まだ、何かをやり残したままなのだ。なし塾卒業生のキッシーは05年もて耐で、めでたく優勝した。しかし、オレがやりたいのはそういうことではない。それまで存在していなかったチーム、人、マシン仕様で、つまり梨本塾レーシングwithASアオヤマで優勝を狙いたいのだ。

2007年のもて耐はまだ先の話だが、今夏、なし耐が終了した時点で、普段なし塾に参加してくれている人の中から「参加意志のある人」を募り、きちんとしたチーム体制、並びに規定を説明した上で、プロジェクトを発足させる。

この辺の詳細情報はまたの機会にお伝えするが、要するにこれが「新たなるスタート」そのものなのだ。
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by kei74moto2006 | 2006-05-08 05:46 | 2007もて耐